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「いまはむかし」映画のご紹介
2月19日から、伊勢真一監督の新作映画「いまはむかし」の上映が前橋シネマハウスでありました。
2020年1月の「えんとこの歌」の上映から2年。この期間、コロナ禍で上映はどこもキャンセル。監督にとっても大変な時期だったと舞台挨拶で語っていらっしゃいました。
上映初日、小ホールは25名の満席となりました。友人、知人、「えんとこ」からのご縁もつながり会場はよい雰囲気に満ちていました。
私の全く知らなかった日本のインドネシアでの戦争。伊勢監督のお父様(伊勢長之助さん)の撮影した数々のフィルムがオランダのアーカイブスに驚くほど多く保管されていたのです。このドキュメンタリー製作は、30年かけた歴史に残る大作です。
映画の中で、当時3歳だった伊勢監督がお父さんのひざに抱かれこちらを見ていました。
3歳でご両親がわかれてからの70年の歴史が蘇り、浄化されていくかのようでした。
今も世界でつづく戦争や紛争。いつ何があっても不思議ではない危機的状況があります。
映像の最後は、お父さんの残した東京裁判の映像と、そして平和憲法が大きく映し出されました。もう戦争はこりごりだと、あの時代の人たちの骨の髄からの叫びが聞こえてきました。
今こそ、平和憲法9条の尊さを日本中の人が守り生かし伝えていかなければと強く思います。
伊勢家は3代に渡って映画製作に関わっています。大事なことが語り継がれているのだと思います。
以下は伊勢真一監督のホームページの「カントクのつぶやき」からです。
二〇二一年十一月 「映画祭の旅」
「Films never forget. Humans will forget, but films remember forever. 」
人間は忘れる… けれどもフィルムは決して忘れない。
映画『いまはむかし』の中で私が思わず呟いている“名言”をオランダ・アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭の上映後のスピーチで、英語で語りかけた…。ヘボカントクの下手くそな英語にもかかわらず、オランダのお客さんの心に響いたようだ。
アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭は世界最大規模のドキュメンタリー映画祭で、今年は220本の作品が上映された。
日本からは我が『いまはむかし』がノミネート、三回の上映とトークに立ち会い、確かな手応えを受け取ることが出来た。
いつものように「誰も来なかったら、どうしよう…」という不安でいっぱいだった私の弱気を吹き飛ばすように、お客さまはぞくぞく詰めかけ、三回目の上映は二日前にソールドアウトだった。上映後の反応も凄かった。トークの後も、拍手が鳴り止まないようだった。私の作品に対して特に、というよりも、創り手に寄せる敬意の在り方が、日本よりも強いのかもしれない。『いまはむかし』はオランダのフィルムアーカイブが80年近くにわたって、父・伊勢長之助たちがジャワで製作したプロパガンダ映画を保存・管理し続けてくれたことで成立した映画だ。
何故、ジャワ(今のインドネシア)で製作した父たちの映画が、オランダに在ったかと言えば、当時ジャワはオランダの植民地で、そこを日本が3年半にわたり占領・支配し、1945年終戦時に戦勝国であるオランダが130本余りのプロパガンダ映画を接収した、という歴史があったからだ。それにしても、言わば敵国のフィルムを長きにわたってしっかり管理してくれたことに、感謝しないわけにはいかない。そのことをスピーチで真っ先に伝えた。
今回の上映で今更ながら自覚したのは、『いまはむかし』はフィルムが記録し続けた事実を伊勢家三代(長之助、真一、朋矢、佳世)にわたって物語った稀有な映画である…ということだ。
戦時中、80年近く前に父たちが創ったプロパガンダ映画であり、戦後間もなく73年程前に父がプロパガンダ映画を創っていたスタッフと共に製作した『世紀の判決−ニュース特報・東京裁判』の二本の遺されたフィルムがあってはじめて成立したドキュメンタリーである。
戦争を進めるためのジャワでのプロパガンダ映画と、戦争を批判する極東軍事裁判の記録、相反する内容の二作の記録映画を共に手がけた、父・伊勢長之助の存在を通して、戦争のことを考える。
他人事ではなく、自分事として、戦争のことを映像化する。
父をいとおしむ気持ちを込めながら、あの戦争の時代の「真実」を描くドキュメンタリーは可能だろうか…。
戦争の歴史を繰り返し体験してきたオランダをはじめヨーロッパの人々にとって、戦争は「いま」の課題そのものなのだと思った。
「Now is the Past」(いまはむかし) … The Past is Now(むかしは いま)
海外での反響はもちろん嬉しいが、この映画は今の日本でこそ、日本人の一人ひとりに届けなければならない映画であることを痛感した映画祭の旅だった。
ぜひ、映画を観てほしい。 ぜひ、映画を上映してほしい。
2020年1月の「えんとこの歌」の上映から2年。この期間、コロナ禍で上映はどこもキャンセル。監督にとっても大変な時期だったと舞台挨拶で語っていらっしゃいました。
上映初日、小ホールは25名の満席となりました。友人、知人、「えんとこ」からのご縁もつながり会場はよい雰囲気に満ちていました。
私の全く知らなかった日本のインドネシアでの戦争。伊勢監督のお父様(伊勢長之助さん)の撮影した数々のフィルムがオランダのアーカイブスに驚くほど多く保管されていたのです。このドキュメンタリー製作は、30年かけた歴史に残る大作です。
映画の中で、当時3歳だった伊勢監督がお父さんのひざに抱かれこちらを見ていました。
3歳でご両親がわかれてからの70年の歴史が蘇り、浄化されていくかのようでした。
今も世界でつづく戦争や紛争。いつ何があっても不思議ではない危機的状況があります。
映像の最後は、お父さんの残した東京裁判の映像と、そして平和憲法が大きく映し出されました。もう戦争はこりごりだと、あの時代の人たちの骨の髄からの叫びが聞こえてきました。
今こそ、平和憲法9条の尊さを日本中の人が守り生かし伝えていかなければと強く思います。
伊勢家は3代に渡って映画製作に関わっています。大事なことが語り継がれているのだと思います。
以下は伊勢真一監督のホームページの「カントクのつぶやき」からです。
二〇二一年十一月 「映画祭の旅」
「Films never forget. Humans will forget, but films remember forever. 」
人間は忘れる… けれどもフィルムは決して忘れない。
映画『いまはむかし』の中で私が思わず呟いている“名言”をオランダ・アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭の上映後のスピーチで、英語で語りかけた…。ヘボカントクの下手くそな英語にもかかわらず、オランダのお客さんの心に響いたようだ。
アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭は世界最大規模のドキュメンタリー映画祭で、今年は220本の作品が上映された。
日本からは我が『いまはむかし』がノミネート、三回の上映とトークに立ち会い、確かな手応えを受け取ることが出来た。
いつものように「誰も来なかったら、どうしよう…」という不安でいっぱいだった私の弱気を吹き飛ばすように、お客さまはぞくぞく詰めかけ、三回目の上映は二日前にソールドアウトだった。上映後の反応も凄かった。トークの後も、拍手が鳴り止まないようだった。私の作品に対して特に、というよりも、創り手に寄せる敬意の在り方が、日本よりも強いのかもしれない。『いまはむかし』はオランダのフィルムアーカイブが80年近くにわたって、父・伊勢長之助たちがジャワで製作したプロパガンダ映画を保存・管理し続けてくれたことで成立した映画だ。
何故、ジャワ(今のインドネシア)で製作した父たちの映画が、オランダに在ったかと言えば、当時ジャワはオランダの植民地で、そこを日本が3年半にわたり占領・支配し、1945年終戦時に戦勝国であるオランダが130本余りのプロパガンダ映画を接収した、という歴史があったからだ。それにしても、言わば敵国のフィルムを長きにわたってしっかり管理してくれたことに、感謝しないわけにはいかない。そのことをスピーチで真っ先に伝えた。
今回の上映で今更ながら自覚したのは、『いまはむかし』はフィルムが記録し続けた事実を伊勢家三代(長之助、真一、朋矢、佳世)にわたって物語った稀有な映画である…ということだ。
戦時中、80年近く前に父たちが創ったプロパガンダ映画であり、戦後間もなく73年程前に父がプロパガンダ映画を創っていたスタッフと共に製作した『世紀の判決−ニュース特報・東京裁判』の二本の遺されたフィルムがあってはじめて成立したドキュメンタリーである。
戦争を進めるためのジャワでのプロパガンダ映画と、戦争を批判する極東軍事裁判の記録、相反する内容の二作の記録映画を共に手がけた、父・伊勢長之助の存在を通して、戦争のことを考える。
他人事ではなく、自分事として、戦争のことを映像化する。
父をいとおしむ気持ちを込めながら、あの戦争の時代の「真実」を描くドキュメンタリーは可能だろうか…。
戦争の歴史を繰り返し体験してきたオランダをはじめヨーロッパの人々にとって、戦争は「いま」の課題そのものなのだと思った。
「Now is the Past」(いまはむかし) … The Past is Now(むかしは いま)
海外での反響はもちろん嬉しいが、この映画は今の日本でこそ、日本人の一人ひとりに届けなければならない映画であることを痛感した映画祭の旅だった。
ぜひ、映画を観てほしい。 ぜひ、映画を上映してほしい。
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伊勢真一監督は、「自分のインナーチャイルドが過去から今、未来を見据えて映画がつくられたかもしれない」
と話しています。
観客の方々との対話により、映画は進化します。
2年前、奈央先生が前橋で声をかけてくださり「えんとこの歌」をご覧になったNさん。映画の中の遠藤滋さんと同じように、24時間介助が必要な息子さんと観てくださいました。
今回は、ストレッチャーに乗った男性が介助の方と一緒に来てくださっていました。
奈央先生が「Nさん?」と声をかけられると、息子さんでした。気のつながりの深さ。
その方の透明感ある美しい表情にひきつけられました。
監督との静かな交流は、短い時間でも豊かでした。
発見されたインドネシアのフィルムを通して戦争をどう描くか、30年前はわからなかった、と率直に監督は話します。
コロナ禍で編集し、国策映画製作をした父とようやく向き合えた、と。
この映画は、拳を振り上げるものではなく、厭戦から9条の力、平和を願うメッセージが水紋のように広がります。
若い世代が観て、すぐに転換が起こるかどうかはわかりませんが、対話により発動はあると感じます。
ロシアウクライナ戦時下で、その発動のスピードでは遅いかもしれません。
亡くなった子どもたち、避難を強いられる子どもたち、貧困の中にいる子どもたち。
100年後に子どもたちが空を見上げられるよう、空からの視点で私自身も映像制作をします。
ありがとうございました。